コミュニケーション力って何? 立場の違う人と話せる力

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ある大学で私が受け持つ「学部学生の会社学」の授業が4月10日(土)から始まりました。

個人に重点を置いた「職業キャリア」ではなく、会社で働く観点から「個人と組織の関係」にポイントをおいて講義を進めています。具体的には、ビジネスパーソンの仕事人生をライフサイクル(就活を経て入社してから、定年で退職するまで)で概観したり、株式会社の基本の仕組みを学生と意見交換しながら学んでいます。2年生から4年生までの受講生がいます。

 

昨年は授業の後半に、受講生全員と1人20分程度の個人面談を実施しました。

受講生と話す内容は、当然ながら人によって違っていて、将来のこと、この授業のこと、ゼミのこと、アルバイトのことなど広範囲な内容に及びました。その面談の途中で気になったのは、彼ら彼女たちの付き合う相手が、ゼミやサークルの友人などに限られていて、大学の仲間以外の人と出会う機会が非常に少ないことでした。

バイト先には、一緒に働く年代の違う人やお客さんはいるのですが、マニュアルに沿った対応が中心で、それほど深い意思疎通は求められていないようでした(もちろんそういうバイトが良くないと言っているのではありません。幅広い付き合いがない1つの例として述べています)。

 

私が大学生だった時も、今とあまり変わっていなかったかもしれません。

しかし、かつてはまだ地域が生きていて、世代も職業も考え方も異なる近所の人たちと話せる土壌がありました。

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に出てくるような光景があちこちにあったのです。また必ずしも豊かでなかったので、人と人とが結びつく場面が今よりも圧倒的に多かったと思います。学生寮も昔は相部屋が当たり前でした。

 

受講生の話を聞きながら、大学の学びの中に、多様な立場の人々と意思疎通できる機会がもっと必要だと感じました。例えて言えば、花瓶の中に一輪のバラ(薔薇)の花が活けられているとします。大学の授業では、このバラは何科何属の花で、花びらの数や自生地、どういう品種があるかなどを学びます。大切な基本的知識です。これに加えて、バラの花言葉は「愛、純潔」などであることを知り、彼氏や彼女に自分の思いを伝えるために、このバラを実際に使ってみることも大事だと思います。そうすればバラの花の理解もさらに深まるでしょう。

 

こういう課題意識が芽生えたので、後半の授業では、受講生が自己をプレゼンテーション(自己表現)する機会や中小企業の経営者をゲストスピーカーに招いてインタビュー実習も取り入れてみました。そうすると、初めはとまどっていても、慣れてくると上手に自分の考えを表現できるようになった受講生がいました。今までそういうチャンスを与えられていなかったのでしょう。

 

声高に「コミュニケーション力を向上させる」と叫ぶ中からは本当の伝える力はついてきません。たとえ自発的に表現する機会はなくても、きちんと相手の話を聞くことも重要です。むしろ実際の場面では話すよりも、聞く方が力を持つことがよくあります。大学の授業やゼミで担当の教授が伝えようとすることをきちんと把握する、卒業論文やゼミのレポートを書くときに疑問点が生じたら、その課題に詳しい未知の人にアポイントをとって話を聞きにいけばいいと思います。

 

多様な立場の人の話をきちんと聞く、自らの思いを伝えるために工夫することは、マニュアル本よりもはるかに就活に役立ちますし、社会に出ても通用する本物の力が身につきます。社会人におけるコミュニケーションは、仲のよい友人と気持ちよく会話ができることではなくて、世代も考え方も異なる人と議論しながら相互理解を深めることだからです。会社には、10代から、50、60代までの世代の異なる仲間がいて、基本的には誰と一緒に仕事をするかは選べないからです。

 

私が採用責任者だった時に、入社したA君(今は仕事のよくできるバリバリの課長職ですが)は、大学時代の塾のバイトが終わった後に、狭い講師控え室で、年代も職業も異なる講師同志で毎度いろいろなことを互いに語り合っていたと言います。私は彼の対人対応力の高さを評価して、面接をはじめてすぐに内々定を出すことを決めました。

今年の「学部学生の会社学」の授業では、相互のグループワークや各受講生が発表する機会を増やして、ゲストスピーカーにも登場いただこうと思っています。

「asahi.com(朝日新聞社)の就活朝日2011」での連載を一部加筆

筆者プロフィール

楠木新(くすのき・あらた)

1954年(昭和29年)、神戸市生まれ。京都大学法学部卒業後、大手企業に勤務し、人事・労務関係を中心に、企画、営業、支社長等を歴任。勤務の傍ら、大学で非常勤講師をつとめている。
朝日新聞be(土曜版)にコラム「こころの定年」を1年あまり連載。07年10月から08年5月までダイヤモンド社のウェブサイトで娘の就職活動をリアルタイムに追ったドキュメント「父と娘の就職日誌」を掲載。
著書に「就職に勝つ! わが子を失敗させない『会社選び』」「就活の勘違い」など。

楠木新さんの主な著書

就職に勝つ!わが子を失敗させない「会社選び」(ダイヤモンド社)
就活の勘違い 採用責任者の本音を明かす (朝日新書)