なぜM&Aは増えた? 企業の生き残り戦略を知る

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業界・企業研究やニュースチェックをするなかで、「M&A」「経営統合」といった言葉を耳にしたことがあるでしょう。企業の経営戦略の一部であることはぼんやり想像がつくと思いますが、その定義や意義をきちんと習ったという人は多くないのではないでしょうか。業界の今後の動向を知る手がかりともいえるこれらの言葉について、実例を紹介しながら説明します。

 

M&Aの意味と手法を確認

M&A(エムアンドエー)とは企業の合併・買収のことで、「Mergers(合併) and Acquisitions(買収)」の略です。
合併とは2つ以上の企業が1つになること、買収とはA社がB社を買うこと、つまりB社の株式の半数以上を保有することを指します。企業全体ではなく、一部の事業だけを買収することもあります。また広義的に、「経営統合」「資本提携」(後述)も含めてM&Aということもあります。

M&Aにはいくつかの手法があります。「TOB(ティーオービー;株式公開買い付け)」もその1つ。「Take Over Bid」の略で、A社がB社を買収したいときに、A社が「買い付け期間」「買い取り株数」「価格」を公表し、不特定多数の株主から株式を買い取る、という手法です。B社の賛同を得ていれば「友好的TOB」、賛同を得ていなければ文字通り「敵対的TOB」となります。

「MBO(エムビーオー)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これもM&Aの手法の1つで「Management Buyout(経営陣が参加する買収)」の略。経営陣が株主から株式を譲り受けるなどして自社のオーナーとなり、独立するもの。非上場化すれば(※)、株価に左右されず自由度の高い経営を行うことができるようになります。
(※)非上場のメリットについては「上場企業」と「非上場企業」の違い vol.1を参照してください。

図1 M&Aとは?

「経営統合」「資本提携」とは

ちなみに、「経営統合」のニュースもよく聞きますが、「合併」とはどう違うのでしょうか。例えば2019年11月、ヤフーを傘下に持つZホールディングスLINEの経営統合が発表され話題になりました(21年3月統合完了予定)。

「合併」が2つ以上の企業が1つになることを指すのに対し、「経営統合」は経営統合を行う企業が共同で親会社となる持ち株会社を新たに設立し(一般的に「ホールディングス」と呼ばれます)、それぞれの企業が持ち株会社の傘下へ入ることを指します。既存の企業は存続するため、企業同士の結びつきは合併と比較すると弱いといえます。経営を統合するという点では「合併」も「経営統合」も同じですが、まとめた後の形態が異なるといえるでしょう。

なお「資本提携」は企業同士が互いの株式を持ち合うことを指し、経営支配権がない10%程度の株式を取得して、多くの場合独立した関係を持ちます。「経営統合」よりさらに企業同士の結びつきは弱いものになりますが、企業の資本を持ち合うという意味で、一種のM&Aだと捉えられています。

「業務提携」は企業同士が協力関係を結び、資材調達・物流や技術開発でお互いのメリットを高めていこうとするものです。資本の移動を伴わない点で、企業同士の結びつきは「資本提携」よりさらにゆるやかなものとなります。

最近では、似たような事業を持つ企業だけではなく、業種の垣根を越えた企業同士の連携が進んでいます。例えば、「MaaS(次世代交通サービス)」や「スマートシティ(次世代都市)の開発」に関連して、トヨタ自動車などの自動車会社と、ソフトバンクNTTKDDIといった通信業界の企業など、異業種との連携が目立ちます。背景には、IT技術の進歩・拡大を共有することで新しい分野で力を発揮し、競争環境の変化を生き抜こう、という狙いがあります。

図2 合併、経営統合、資本提携、業務提携と結びつきの強さの違い

M&Aが増加している背景

日本ではバブル崩壊後、経済の低成長が続くようになりました。一方で経済のグローバル化や業界のシームレス化が進み、海外企業や他業界の企業が新たな競争相手として登場しました。また、少子高齢化で国内市場が縮小するなか、市場拡大も必要です。このような変化を背景に、1社だけで経営を行うよりも海外企業も含め他社と手を組み双方のネットワークを生かしたり、弱点を補ったりできるM&Aを戦略的に選ぶ企業が増えてきました。

多くのM&Aを実施してきた企業の例としては、ソフトバンクグループ楽天が挙げられます。2019年には武田薬品工業がアイルランドの製薬大手シャイアーを総額6兆円超で買収し、日本企業による過去最大の海外M&Aとして大きなインパクトを与えました。

 

M&Aのメリット、デメリット

企業はシナジー(相乗)効果を期待してM&Aを行います。メリットには以下のようなものが挙げられます。

●シェア拡大
既存企業を買うことで企業が大型化し、業界内でのシェア拡大が見込めます。企業の知名度アップにもつながります。

●事業の速やかな多角化
事業領域の異なる企業と合併した場合は、ゼロから事業を立ち上げるよりも時間をかけずに、異業種や新規事業に参入することができます。

●海外でのビジネス拡大
日本企業の間では国内市場の縮小を背景に海外志向が強まっており、海外企業へのM&Aが活発化しています。企業にとって海外への進出は、生き残りをかけて行われる戦略であるともいえます。

●後継者不足の解決
日本には、後継者不足に悩んでいる中小企業も少なくありません。そうした企業がM&A
によって事業承継ができるよう、国も税制などを改正し、支援しようとしています。

そのほかにも、「新技術の獲得」や「既存ブランドや商品の獲得」といったメリットがあります。

デメリットには以下のようなものが挙げられます。

●買収先との企業文化の違い
企業文化が異なったり、M&Aで経営陣が刷新された結果、社内で摩擦が起きるなど期待したシナジーが得られないというケースもあります。

●手続きの煩雑さとコスト
M&Aには資金調達が必須ですし、煩雑な手続きを伴います。それに見合うメリットを得られなければ、M&Aが不発に終わってしまうということもありえます。

そのほか「従業員増によるコスト増」「事業計画の見直しが必要」といったリスクも考えられます。

業界再編、事業承継……最近のM&Aから業界の特徴を捉えよう

2020年はコロナ禍もあり、企業経営にとっては不確定要因が増す厳しい環境となりました。それによりいったんは落ち込んだ日本企業のM&Aですが、経済の再始動を経て最近は復調の兆しが見えています。

セブン&アイ・ホールディングスは20年8月、米国の石油精製会社マラソン・ペトロリアムのコンビニエンスストア併設型ガソリンスタンド部門「スピードウェイ」を買収すると発表しました。約2兆2000億円という巨額の資金を投入して米国3位のコンビニの買収に踏み切ったのは、日本国内のコンビニ市場が飽和するなか、海外展開により成長を持続させたい、という意図がみえます。

新型コロナウイルスの感染拡大でネット通販が伸び、私たちの消費行動と小売業のあり方は急速に変化しています。米国では「ネットで注文し、リアル店舗で受け取る」という方式が日本より進んでおり、そうしたデジタル対応を加速していくものとみられます。

買収総額が4兆円超と、国内企業へのTOBで過去最大となったのが、NTTによるNTTドコモのTOBでした。NTTはNTTドコモを完全子会社し、来る6G時代へ向けグループ全体で技術集積をはかると意気込んでいます。

M&Aで業界再編の波が訪れているのがホームセンター業界です。20年夏には、新潟を中心に展開するアークランドサカモトが業界6位のLIXILビバ(現ビバホーム)を買収し、業界5位の水準の売上高に浮上。また業界7位の島忠をめぐって、業界2位のDCMホールディングスと家具チェーン大手のニトリホールディングスがTOBを提案。島忠はDCMホールディングスに賛同しましたが、後日、より高いTOB価格を提示したニトリの買収提案を受け入れると発表しました。

ホームセンターは外出自粛時にDIY商品の需要が伸びるなど、私たちの生活に欠かせない存在ですが、ショッピングセンターやドラッグストアとの競合もあり市場規模は横ばいが続いています。大手企業による生き残りをかけた現状打破の取り組みは続くでしょう。

M&Aと聞くと、上述したような大企業や時価総額が高いなどで華々しく報道される案件が印象に残るかもしれません。しかし最近はそれだけではなく、中堅・中小企業にとっても、生き残るための重要な手段となっています。

日本の中小企業にとって、経営者の高齢化は深刻な問題です。親族や社内に適当な後継者が見つからない、というケースも少なくありません。そのような状況下で、M&Aによって第三者に事業を承継しようという動きが増えているのです。

M&Aについてアドバイスする専門家や、売り手と買い手のマッチングをはかるサービスも増え、国の支援策も拡充され始めています。日本は今、M&Aに取り組みやすい環境が整いつつあるといえます。

日頃から新聞などでM&Aのニュースにアンテナを張り、大型のM&Aや活発に起きている業界をチェックし、その背景まで含めて理解すると、業界研究が深まります。志望業界が決まっている人は、M&Aのニュースを追うことで、その業界の特徴やビジネス環境の変化を探るヒントにもなるでしょう。