人材ポートフォリオの考え方と効果的に設計・運用する方法
人材ポートフォリオとは、会社組織における人材の配置のことであり、社員1人ひとりが高いパフォーマンスを発揮し、組織の成長を実現するための適材適所の考え方を指します。
会社組織を運営するうえで、「人材の適材適所」は避けて通れないテーマです。高いスキルや意欲を持った社員でも、その強みを生かすことができない職場であれば、本人のモチベーションも下がり、また組織としても宝の持ち腐れになってしまいます。一方、人材の配置が機能すれば、人手不足の状況や、不確実な市場環境においても高いパフォーマンスを発揮し、持続的に成長できる強い組織を実現することが可能です。
本記事では、人材ポートフォリオの概念やその必要性、またその考えを取り入れる効果などに触れつつ、実際に人材ポートフォリオを設計して運用するにあたっての手順や注意点も解説します。
人事ZINEでは、人事採用担当者の方に向けて「採用したい学生のペルソナ設計フレームワーク」をご用意しております。自社が求める人物像を言語化し、社内共有用の資料にもスムーズに落とし込める内容です。人材ポートフォリオ設計や採用要件の見直しを進める際はぜひご活用ください。
目次
人材ポートフォリオの基礎知識
人材ポートフォリオは、その企業の事業活動に必要な人材がどのように構成されるかを分析したものです。簡単に言うと、「適材適所」を徹底するための考え方・ツールが人材ポートフォリオです。
具体的には以下のような観点で考えます。
- 社内のどこに(例:部門、役職、ポジション)
- どのような人材が(例:職種、スキル・能力、適性・性格タイプ、在籍年数)
- どのくらい(例:人数、構成比)
人材ポートフォリオを考えることによって、理想的な状態の設計や、現状の分析ができます。採用計画はもちろんのこと、人材育成、配置、評価など中長期的な人事マネジメントにおいて必須の考え方であるとして、近年注目が高まっています。経済産業省が公表している資料「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書」(2022年5月)でも多様な人材の活躍には「動的な人材ポートフォリオ」が重要であると触れられていました。
なお「ポートフォリオ(portfolio)」という言葉はもともと「携帯用の書類入れ」「紙ばさみ」の意味でした。そこから転じて「有価証券一覧表」の意味を持つようになり、人事の世界では企業の人的資産の構成を、またデザインの世界では自身の作品一覧を「ポートフォリオ」と呼ぶなど、現在は幅広い意味で使われています。
人材ポートフォリオの考え方が必要な理由
先述のように、人材ポートフォリオとは、人材の適材適所を実現するための考え方です。この用語そのものを認知しているかを問わず、経営層・マネジメント層は組織運営にあたって人材の最適配分を目指しているものです。ここでは、改めて人材ポートフォリオの考え方がなぜ重要なのかについて、3つの観点を挙げて解説します。
急速な環境の変化に対応するため
「VUCA」(変動・不確実・複雑・曖昧)時代では、人材の多様性が重要視されています。
日本企業ではかつて、労働力が豊富で経済成長が著しい時代に、残業や転勤を通じて「忠誠心」を重視する男性総合職中心の働き方が主流でした。しかし、現在は労働力人口の減少・生産性向上やグローバル競争が課題となり、旧来の働き方は通用しません。少子高齢化やそれに伴う人手不足のなか、多様な人材が働きやすい職場づくりが大切な時代において、旧来のやり方の転換が求められています。
急速な環境の変化に対応するためには、企業が多様な人材を抱えていることがリスクヘッジになります。男性総合職だけでなく、女性、シニアや外国人など、多様な属性の人材が集まることでイノベーションが生まれる効果も期待できるでしょう。変化の激しいビジネス環境では、多様な人的資源を効果的に活用し、「適材適所」を徹底する人材ポートフォリオの考え方が不可欠です。
最適なリソース配分を実現するため
最適なリソース配分を実現するためにも、人材ポートフォリオの考え方が不可欠です。
特に中小企業こそ、限られた資源を効果的に活用するために「適材適所」を徹底する必要があります。多くの中小企業は「KKD(経験・勘・度胸)」で人事を運営しがちで、以下のような考え方を持つ場合が少なくありません。
- 従業員のスキル・適性は把握しているので詳細な分析は不要
- 人材ポートフォリオの設計・運用には専門家の助けや大量のデータが必要
- 人材ポートフォリオは余裕がある大企業向けのもので中小企業には関係ない
実際には、人的リソースが限られている中小企業こそ「適材適所」を徹底し、限られた資源を有効活用することが重要です。大企業と競争する場合、自社に適した人材を見極めて最適な配置をすることが求められます。簡易的にであっても人材のスキル・配分状況を可視化し「現在の方法が果たして本当に最も効果的・効率的なのか?」を検証する姿勢が重要です。
なお、このような人材ポートフォリオの考え方を組織運営に当てはめるためには、必ずしも高額なコンサルティングを受ける必要はなく、社内で分析するだけでも改善が期待できます。
人材ポートフォリオを設計・運用する効果
人材ポートフォリオを設計・運用するとどのような効果が期待できるのでしょうか。ここでは、特に重要な2つのポイントを紹介します。
人的資本経営の推進
人的資本経営とは、従業員のスキルや知識を企業の資本として捉え、それに投資し最大限に活用する経営手法です。人材ポートフォリオの設計・運用は、まさにこの考え方と密接に関連しています。
「人的資本経営」を掘り下げると、例えば「どのような人材に対してどのような投資を行うか」「どのポジションでその能力を発揮してもらうか」を計画・実行することを指します。「会社の利益ありき」「目標数値ありき」ではなく、「ヒト中心」に経営戦略を練ることで、社員個々人のスキルアップややりがいの醸成が図られ、企業全体のパフォーマンス向上にもつながります。
このように、人的資本経営と人材ポートフォリオの考え方を組み合わせることで、相乗効果が期待でき、企業の持続的成長につながりやすくなります。
デジタルシフトへの対応
近年、各企業は人手不足への対応やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、さらには生成AIの実装といった課題に直面しています。これらの変化に適応し、競争力を維持するためには、デジタルシフトを着実に実行できる能力が求められます。そこで、エンジニアリングスキルを持つ人材や、ITを積極的に活用できるユーザー人材、さらには既存のITを踏まえて事業組織をマネジメントできる人材が不可欠です。
このようにデジタルシフトが進むなかで、従来とは異なる組織の形が求められています。企業の競争力を高めるためには、このような現状を踏まえた人材ポートフォリオの見直しや再構築が欠かせません。現状の市場環境を踏まえて人材ポートフォリオを構築することで、企業のデジタルシフトが進み、高い競争力を維持しやすくなるでしょう。
人材ポートフォリオを設計・運用するまでの手順
それでは、実際にどのような手順で人材ポートフォリオを分析・設計すれば良いかをご紹介していきます。
詳細な設計や運用にあたっては専門のコンサルタントに依頼するケースも多いと思われますが、ここではまず簡易的に自社の理想と課題を把握できるよう、一般的かつ分かりやすいやり方で大枠の流れをお伝えします。
①人材のタイプを定義する
まず、人材を分類するための方法を考えます。ここで重要なのは、「どんな分類なら今すぐできるか」で考えるのではなく、有効に活用できる結果になるよう分類することです。
一般的には次のような分類方法がありますが、あくまで例ですので、自社の事業活動に「必要な」要素によって適宜アレンジすると良いでしょう。
業務の性質によって「個人でする仕事」か「組織(チーム)でする仕事」か、「新しく創造する仕事(クリエイティブ)」か「出来上がったものを運用する仕事(ルーティン)」かという2軸・4象限に分類する方法は、最も一般的で汎用性の高いとされる分類方法です。
「個人」でする業務で「創造」的な内容であれば、「経営層や経営参謀」であったり、またはデザインなどの「クリエイティブ人材」といったイメージができると思います。ここにどのような人材を当てはめるかは事業内容などによって異なりますので、各社において“個人×創造”の切り口で、必要な人材はどのように定義できるかを考える必要があります。
仮に“個人×創造”に当てはめる人材タイプを「経営参謀」とする場合は、
- “組織×運用”=「定型業務職(オペレーション)」
- “組織×創造”=「経営幹部候補(マネジメント)」
- “個人×運用”=「専門職(エキスパート)」
- “個人×創造”=「経営参謀(オフィサー)」
という4タイプを定義することもできるでしょう。
例:業務の性質で分類する
業務の性質によって分類する場合、例えば以下のような分類の方法が考えられます。
- 経営幹部候補としての総合職
- 全国転勤によるキャリアアップが可能な人材としての総合職
- エリア限定の総合職、マネジメントを行わない専門職(エキスパート)
- 現場の定型的な業務を行う常時雇用アルバイト
- 季節性のある業務に就く臨時雇用アルバイト
例:雇用形態で分類する
雇用形態によって分類するのも1つの方法です。この場合、契約社員や派遣社員などをポートフォリオに入れる際は、「5年ルール」も踏まえて以下のように正社員登用や雇用制度にも注意しながら分析する必要があります。
- どのくらいの割合で契約社員を正社員に登用するか
- 「5年ルール」も踏まえていつまでに最大何名の契約社員を雇用できるか
- 派遣社員のマネジメントをする正社員が足りているか
②社内の人材を各タイプに分類する
どのように分類するかを決めたら、実際に自社の人材がどこに分類されるかを当てはめていきます。
どうやって分類するかと言うと、職種や雇用形態など社員台帳のようなデータで管理されている項目であればExcelの関数などでもすぐに分類できますが、「能力・スキル」や「性格・適性」など定性的な項目による分類は少し難しくなります。
人事やマネージャーは従業員について正しく理解・評価ができていると思い込みがちですが、実際には人間の認知や記憶にも限界があり、ハロー効果と言われる思い込みなども働くため、一人一人の客観的な評価はかなり難しくなります。事実、働く人の6割以上は勤務先の人事評価制度に「不満がある」と答えています(アデコ「『人事評価制度』に関する意識調査」)。
よって、担当者の主観や“勘”のみで人材のタイプを分類するのは、非常に危険です。
例:適性検査で分類する
能力や性格などの定性的な項目による分類の際におすすめなのが、適性検査による分類です。適性検査は採用試験に使われるほか、従業員の育成・配属など人事マネジメントにおいても活用が当たり前になりつつあります。
新卒採用でメジャーな「SPI3」や、測定項目数が豊富な「eF-1G」などの適性検査を従業員(全員、または特に活躍している人材とそうでない人材から相当人数)に受験してもらい、その結果を用いて客観的・科学的根拠でもって分類します。例えばSPI3では人材を4象限に、eF-1Gでは役割志向で8タイプに分類してくれるため、タイプごとの人材の偏りまたは不足を把握しやすくなります。
こうした客観的・科学的な分類は信頼性も高く、また従業員の納得感も得やすいでしょう。
③理想の人員構成とのギャップを把握する
タイプごとに人材を分類できたら、本来あるべき人数や構成比に対して多すぎる人材のタイプ、少なすぎる人材のタイプがあるかを観察します。
課題としては例えば、
定型業務を行うオペレーション人材に対して、管理監督するマネジメント人材が不足している(図1)
マネジメント人材の人数は多いが平均年齢が高く、10〜20年後にはマネジメント人材候補が不足しそうである(図2)
総合職が多く、各事業・業務に精通したエキスパートの人数が少なすぎる(図3)
といった状況が見えてくるでしょう。
人材タイプの「本来あるべき」人数・構成比という考え方が非常に難しいところですが、これは人事において最も重要なポリシーでもあります(人材要件定義、人事ポリシーなどとも呼ばれます)。どのような人材が必要かを定義し、その人材を採用・育成し、成果を上げさせることこそが人事の最重要ミッションとも言えるからです。
もし、人材を分類した結果「どこが課題なのか分からない」「事業活動に必要な人材の要件が明確に定義できていない」という問題が発生した場合には、経営層も交えて今後の経営方針とそれに必要な「人的資源」について話し合うべきでしょう。
④理想の人員構成を目指す施策を検討する
人材ポートフォリオの分析(現状)・設計(目標)によって多すぎる人材タイプ・少なすぎる人材タイプが明らかにできたら、最後に「目標の人材ポートフォリオに近づけるための打ち手」を考えることができるようになります。
成果を上げる人材を増やす・成果を上げない人材を減らすための打ち手、つまり人事が行う施策の全般は基本的に下記の4つしかありません。
- 採用:新卒採用、中途採用、アルバイト採用、派遣社員活用など
- 自然退職・解雇:早期退職の推奨、役職定年制度など
- 教育:研修、目標管理、人事評価など
- 配置転換:部署異動、出向、転勤など
人事はこれらの施策をうまく使うことによって、各タイプの人材を増やしたり減らしたりする決断をすることになります。
なお、「人材を減らす」というと自然退職あるいは解雇のような過激な施策を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本の法律において解雇等は非常にハードルが高く、また従業員にとっても不安やキャリア上の瑕疵になりかねません。
「適材適所」になれば、現状では活躍していないように見える従業員も活躍できる可能性が十分にありますので、ここでは「『適材適所がなされていない人材』を減らす」とイメージしていただければと思います。
例:マネジメント人材が不足しているケース
<課題>
定型業務を行うオペレーション人材に対して、管理監督するマネジメント人材が不足している
<打ち手>
- 業務に詳しくマネジメントに適性のあるオペレーション人材から、マネジメント人材を抜擢または育成する
- マネジメント人材を新しく採用する
- オペレーション人材が過剰でないか現場にヒアリングし、業務を削減して徐々に採用を縮小してオペレーション人材を減らしていく
例:マネジメント人材の平均年齢が高いケース
<課題>
マネジメント人材の人数は多いが平均年齢が高く、10〜20年後にはマネジメント人材候補が不足しそうである
<打ち手>
-
年齢の高いマネジメント人材に役職定年や早期退職を推奨し、若いマネジメント人材のためのポストを確保する
-
マネジメント人材のうち、マネジメントよりも個人での仕事に適性のある人材は、エキスパート人材への転換を推奨する
-
マネジメント人材(候補)となる若手社員がいなければ、新卒・第二新卒などの採用で補充する
例:専門人材が不足しているケース
<課題>
総合職が多く、各事業・業務に精通したエキスパート人材の人数が少なすぎる
<打ち手>
- 専門のスキルや業務経験を持つ人材を即戦力として中途採用する
- 総合職(マネジメント人材)のうち、マネジメントよりも個人での仕事に適性のある人材は、専門職(エキスパート人材)への転換を推奨する
- 多すぎる異動やジョブローテーションがエキスパート人材の育成を妨げている場合、個人や部門の意見を尊重して異動させないことも選択できるようにする
人事ZINEでは、人事採用担当者の方に向けて「採用したい学生のペルソナ設計フレームワーク」をご用意しております。人材ポートフォリオを設計・運用する際は、まず自社が必要とする人物像を定義することからスタートする必要があります。本資料は、自社が求める人物像の明確化や社内共有に役立つ内容となっており、人材ポートフォリオ設計にご活用いただけます。
採用したい学生のペルソナ設計フレームワークはこちら
人材ポートフォリオを設計・運用する際の注意点
人材ポートフォリオの考え方を取り入れると変化の激しい状況のなかでも人材のパフォーマンスを発揮する効果が期待できます。ここでは、企業の競争力を高め、持続的に成長していくにあたって、人材ポートフォリオを設計する際にどのような点に気をつければよいのかを紹介します。
採用施策の重要性を認識する
人材ポートフォリオを設計し、それを実現するためには人事上のさまざまな施策が考えられます。その際、特に重点を置くべきなのは採用です。
理想的な組織を目指すためにできる人事上の施策には、一般的に、採用、自然退職(定年・転職)、解雇、人材教育、配置転換などが挙げられます。これらのうち自然退職や解雇は、日本国内では解雇規制が厳しく、また積極的に解雇を推進する文化でもないため、選択肢には挙がりにくいでしょう。また、人材教育や配置転換も、これまでのやり方や価値観が定着している社員に大きな転換を迫るのは簡単ではありません。
一方、採用であれば、自社が今必要な人材に絞って獲得することが可能です。そのため、理想の人材ポートフォリオを実現するうえでは、採用を重点施策の1つと考えるとスムーズな可能性があります。なお、前提として自社が求める人材像を明確にしておくことは欠かせません。
人事評価・育成制度とのバランスも考慮する
理想の組織の形を実現するためには人材ポートフォリオの設計が欠かせませんが、たとえ完璧な人材ポートフォリオを作成できたとしても、それが現場の組織形態や文化、そして既存の人事制度と乖離している場合、実行は困難です。
理想のポートフォリオを実現するには、単なる人員構成の最適化に留まらず、組織全体のパフォーマンスを最大化する取り組みが求められます。具体的には、個人がモチベーションを持ち続けるための人事評価制度の整備、効果的な育成制度の導入、さらにはリスキリングに向けた社内環境の整備が必要です。これらの施策が相互に連携することで、理想的な人材ポートフォリオが効果的に機能し、企業の目標達成へとつながるでしょう。
組織の成功には、適切な人材配置だけでなく、それを支える制度や環境が整っていることが不可欠です。人材ポートフォリオの設計・運用にあたっては、これらすべての要素がうまく統合されていることを確認することが重要です。
まとめ
人材ポートフォリオは端的に言うと、「適材適所の組織運営」を指します。グローバル化や人手不足、高度AIの登場など、急激に市場環境が変化するなかで、あらゆる業種・業態の企業が変化を迫られています。このようななか、最適な組織の形を検討するうえで、人材ポートフォリオの考え方はますます重要と言えます。
人材ポートフォリオを設計・運用する際は、まず人材のタイプを定義・分類したうえで、理想的な人員構成と現状とのギャップを把握し、理想を実現するための人材の移動や新規採用などを実行することが王道です。実際に人材ポートフォリオを取り入れる際は、こういった方法も1つのやり方として、自社に合った方法を確立することをおすすめします。
人事ZINEでは、人事採用担当者の方に向けて「採用したい学生のペルソナ設計フレームワーク」をご用意いたしました。自社が求める人材像を明確化する際に役立つポイントをまとめております。人材ポートフォリオ設計や採用要件の見直しを進める際はぜひご活用ください。