新卒売り手市場はいつまで続く?企業規模・業種別データ

新卒採用の市場感を示す表現として、「売り手市場」「買い手市場」という言葉があります。
現在の採用市場が売り手なのか?それとも買い手なのか?企業規模や業種別にどこまで売り手の傾向があるかなど、直近のデータを用いながら解説します。
マクロの視点では売り手市場が続いているものの、企業や学生の個別の動向を見ていると、さまざまな課題が見えてきます。本記事のデータや分析を使って、今後の採用計画に活かしていただけたら幸いです。
また、2023年3月に「2024卒の採用市場から学ぶ!Z世代×新卒採用」という資料も作成しました。これからの新卒採用の戦略を考える際に活用していただけたら幸いです。

目次
就職活動の売り手市場・買い手市場とは

「売り手市場」「買い手市場」とは、就職求人市場の需要状況を示す言葉です。売り手(供給側)である企業の求人数が多く、買い手である就職候補者が少ない状態を売り手市場と呼びます。
反対に、売り手である企業の求人数が少なく、買い手である就職候補者が多い状況が買い手となり、就職買い手市場が続くと就職者が職を手にしづらくなるなど不利な状況となります。売り手市場と買い手市場を表す際、一般的に有効求人倍率を用いますが、新卒領域では大手ナビサイトの求人数を指標にして、売り手か買い手を判断する場合もあります。
有効求人倍率とは
「有効求人倍率」とは、有効求職者数に対する有効求人数の割合のことで、雇用動向を示す重要指標の一つです。有効求人倍率は景気とほぼ一致して動く特徴があり、景気動向指数の一致指数として知られています。
有効求人倍率の算出方法は、厚生労働省が全国のハローワーク求職者数、求人数を元に算出しており「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」で毎月発表されています。有効求人数を有効求職者数で割って算出し、倍率が1を上回れば、求職者の数よりも企業の求人数が多い売り手市場となります。反対に倍率が1を下回れば、求職者の数の方が多い買い手市場であることを指します。
有効求人倍率の推移を見ると、時代状況を反映していることがわかります。例えば、下記グラフを見ると、リーマンショックに陥った2008年に大きくグラフが下降しています。また、近年だと新型コロナウイルスが感染拡大した2020年にも同じく、大きくグラフが下降していることがわかるでしょう。
グラフ:https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0301.html
2023年卒も売り手市場が続く

リクルートワークスのデータ「ワークス大卒求人倍率調査(2023年卒)」によると、2023年3月に卒業予定の大学生・大学院生を対象にした大卒求人倍率が「1.58 倍」となっており、前年6月に実施した調査の「1.50倍」と比べて0.08 ポイント上昇しています。
特に従業員規模が1000人以上の大手企業を中心に採用意欲が回復傾向にあります。また、昨年はコロナ禍の影響を受けやすい業種を中心に採用予定数が伸び悩みましたが、2023年卒については、多くの業種で回復傾向となっています。
全国の企業の求人総数は、前年の67.6万人から70.7万人と、約3万人(4.5%)増加しています。これに対して学生の民間企業就職希望者数は、前年の45.0万人から44.9万人へと0.1万人(0.3%)減少しており、民間企業への就職希望者数に対して、求人総数が約25万人の「需要超過」となっています。これらのデータから、2023年3月卒も売り手市場が続くと考えられそうです。
大卒求人倍率の定義
大卒求人倍率とは、民間企業への就職を希望する学生1人に対し、企業から何件の求人があるのか(企業の求人状況)を算出したものです。
新卒売り手市場に関するデータを分析

直近では、新卒の売り手市場が継続していることがわかりました。求人企業、求職者数データに加え、大卒の求人倍率や企業規模、業態別の動きを見ることで、より詳しく新卒採用市場の課題が見えてきます。
ここでは、以下の視点から新卒の売り手市場について分析していきます。
- 大卒求人倍率の推移
- 企業規模別の格差
- 業種別の格差
- リーマンショックとコロナの比較
- 「売り手と感じた」企業数に大きな変化
大卒求人倍率の直近3年間の推移
リクルートワークスのデータ「ワークス大卒求人倍率調査(2023年卒)」から直近3年の数値を見ると、全体としては一度下降してから横ばいですが、企業規模別、業種別に分けたり、学生の志望状況を見たりすると詳細がわかります。全体の数値では、コロナ禍に入る直前の2020年3月卒が1.83倍、コロナ禍に入った後の2021年3月卒が1.53倍、2022年3月卒が1.50倍、2023年3月卒が1.58倍です。
このデータを企業規模別に見ると、従業員が5000人以上の大手企業では、2020年3月卒が0.42倍、2021年3月卒が0.60倍、2022年3月卒が0.41倍、2023年3月卒が0.37倍と全体の求人倍率より大きく下回っています。一方、従業員が300人未満の中小企業では、2020年3月卒が8.62倍、2021年3月卒が3.40倍、2022年3月卒が5.28倍、2023年3月卒が5.31倍となっており、昨年の求人倍率と比べて、0.03ポイント上昇していることがわかります。
また、業種別に見ると、建設業や流通業の求人倍率は直近3年間、6倍以上の高水準を維持している一方、金融業やサービス・情報業は回復傾向にあるものの、1倍以下の水準に留まる結果となっています。
大企業と中小企業の格差
従業員規模別に求人倍率のデータを見ると、大きな差があることがわかります。5000人以上の大企業は、2023年3月卒で0.37倍となっており、大企業だけを切り取ってみると買い手市場と言えます。一方、従業員が300人未満の中小企業の場合、2023年3月卒で5.31倍と非常に高い数値となり、厳しい売り手市場ということがわかりました。
また、従業員が1000人未満の企業と、1000人以上の企業を比べて見ると、2023年3月卒のデータで1000人未満の企業が2.66倍、1000人以上の企業が0.73倍となっており、実に1.93ポイント差があります。
業種別の格差
業種別に求人倍率のデータを見ると、2023年3月卒で流通業が7.77倍、建設業が7.70倍、製造業が1.81倍と売り手市場になっています。特に流通業と建設業は、全体の1.58倍を大きく上回る高水準です。一方、サービス・情報業が0.33倍、金融業が0.22倍と買い手市場になっており、金融業が最も低い水準となっています。このように業種別で詳細を見ていくと、売り手市場の傾向が強い業種と、買い手で有利な状態の企業の差が大きいことが見えてきます。
なお、2022年3月卒において、新型コロナウイルス感染拡大を受けて採用数を減らす、または採用自体を中止した企業は、飲食・宿泊業が59.2%、運輸業が37.3%、サービス業(他に分類されないもの)が31.6%でした。
リーマンショックとの比較
2022年3月卒の求人倍率は1.58倍のため、実はリーマンショック翌年の2010年3月卒の1.62倍よりも低いことがわかります。リーマンショック後は、翌年からさらに求人倍率が下降し、4年連続で1.2倍台が続いています。現在に近い水準の1.6倍台まで回復したのは2015年3月卒で、5年間もの長期にわたり買い手市場が続いたのです。
一方、新型コロナウイルス感染拡大による求人倍率の低下は、リーマンショック時よりも回復が早いと指摘する声もあるなど、今後の動向に引き続き注視が必要だと言えます。
また、日本は少子化の影響があり、そもそも人材不足であったことも求人倍率低下の要因であると考えられます。しかし近年は、働き方改革や定年延長などの政策によって、労働者数の全体が女性や高齢者を中心に増加していたこともあり、リーマンショック時ほどの影響は受けていない点が特徴となります。
採用難易度の見込み
DISCOの2022年度のデータ「新卒採用に関する企業調査(2021年7月調査)2022年卒・新卒採用に関する企業調査-中間調査」に興味深い情報が掲載されていました。今期の採用市場をどのように見ているのか、採用担当者にインタビューしたところ「完全に売り手市場だと思う」「やや売り手市場だと思う」を合わせると52.1%となりました。前年調査の41.0%より10ポイント以上、売り手市場と感じる企業が増加しているものの、実は2020年卒以前は9割以上の企業が「売り手市場だと思う」と回答していたのです。
同2023年卒のデータでは、「自社の採用活動の見通し(難易度)」の項目において、7割近くが「厳しくなる」との見方を示しています。一方「楽になる」という回答はわずかでしたので、おそらく売り手市場になると予測できます。
「売り手市場」は継続?就職活動に対する学生の本音

就職活動で不安を感じる要素
「マイナビ2023年卒の学生就職モニター調査2月の活動状況」によると、売り手市場の傾向はあっても、以下のような不安を抱えている学生がいることが分かります。
- 志望企業から内々定をもらえるかどうか
- 対面の面接でうまく話せるか
- Web面接でうまく話せるか
- 1件でも内々定をもらえるか
- エントリーシートなどの負担が大きい
上位の悩みで多いのが内々定に関するものでした。「志望企業から内々定をもらえるかどうか」は72.2%、「1つでも内々定をもらえるかどうか」は59.2%の学生が不安を抱えています。
このように売り手市場の状況でも、就職活動の根本的な部分に不安を持っている学生が多いと分かるでしょう。
就職活動の難易度への見込み
企業側の感じ方と比べて、学生側は現在の状況をどのように感じているのでしょうか。就職活動を通し、自分たちの就職環境をどう捉えているのかインタビューした結果「7月1日時点の就職活動調査 キャリタス就活 2022 学生モニター調査結果(2021年7月発行)」があります。
「完全に売り手市場だと思う」「やや売り手市場だと思う」と答えた学生は全体の24.6%となっており、前年調査の19.5%と比べて約5ポイント増加しました。しかし、売り手市場だと感じる学生は限定的であると言えます。また、2020年3月卒以前は5割前後の学生が「売り手市場だと思う」と回答しており、コロナ禍前に比べると厳しい状況です。
やや古いデータではありますが、上記の結果から学生と企業の間では就活市場に対する温度差があり、学生は就活がかなり厳しいと不安に感じていることが伺えます。
また、「マイナビ2023年卒の学生就職モニター調査2月の活動状況」によると、今年の就職活動に関して「厳しい見方をする学生」が36.3%(かなり厳しくなる8.15%・多少厳しくなる28.2%)、「変わらないと捉える学生」が51.1%という結果でした。
このように、2022年のデータでは「売り手市場」という学生側の見方が強かったものの、2023年のデータでは、厳しい見方をする学生の割合が高いことが分かります。
従業員5000人以上の大企業希望の学生が増加
「ワークス大卒求人倍率調査(2023年卒)」のデータを見ると、コロナ禍の不安が後押しをしたためか、大企業を志望する学生が増加傾向となりました。一方、従業員規模が300人未満、300~999人の企業を希望する学生は、それぞれ前年比0.1%、1.1%減少しています。
従業員規模が1000~4999人の企業を希望する学生は前年比13.8%の減少に対して、5000人以上の企業を希望する学生は18.1%の増加となっています。売り手市場で全体的に採用が厳しくなっているのではなく、5000人以上の一部の大企業に人気が偏ることで、特定の企業はまったく母集団形成ができない状況となっているのではないでしょうか。募集を集める際は、学生が大企業をなぜ希望しているのか、その背景をリサーチしながら個別に対策を行う必要があるでしょう。
個別に見えた学生の困難
2022年3月卒の内容にはなりますが、全体の数値を見ると、売り手市場であることは間違いないでしょう。しかし、個別に学生それぞれの事情を調査していくと、下記のようなニュースがありました。
愛知県碧南市に住む大学4年生の男性(21)は、就職先が決まらず卒業した4月以降の自分を想像できないでいました。彼が就職活動を始めたのは3年生の冬で、特に行きたい業界はなく、合同説明会でいろいろな企業を見て志望先を決めようと思っていたそうです。しかし、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、合同説明会は軒並み中止となりオンライン開催に切り替わりました。
就活で重視しようと思っていた一つが「会社の雰囲気」でしたが、オンライン説明会では画面向こうの白い背景と社員1人だけで雰囲気がわかりません。就職情報サイトで企業を検索しても、似たような説明ばかりで違いがわかりませんでした。彼は約20社エントリーしましたが、いずれも内定は出ませんでした。
新型コロナウイルス感染拡大を受けて打撃を受けた企業や事業があるのは事実ですが、事業へのマイナス影響が一部学生に悪影響を及ぼしているのは見逃せません。求人数の多さを見れば、学生に有利な状況と言えますが、実態としては就職活動がうまくいかず不安を感じている方が非常に多いのではないでしょうか。全体のデータだけを鵜吞みにせず、こういった現場の声を拾いながら、最適な採用計画を立てる必要があるでしょう。
まとめ

新卒採用の全体の動きを示す売り手市場と買い手市場の意味や直近のデータ、様々な視点での市場分析結果についてご紹介しました。
皆さんの所属企業が、どの企業規模、業態、エリアに属しているのか、直近の母集団形成の状況はどうなっているかなどを照らし合わせながら、今後の施策を検討する際の参考にしていただければ幸いです。
また、調査データを収集し自社で分析する際は、数値の動きばかりに注目せずに、企業や学生ごとの個別のニュースや、SNSの書き込みなどもあわせて見ていくと解像度が上がっていきます。今後の採用計画、戦略を検討するときのヒントにしてみてください。
